いまばり三「城」物語
松山に次ぐ愛媛県第2の都市規模を誇り、「しまなみ海道」から四国への入口として、また日本一のタオル産地として知られる今治市。城下町としての発展は1604(慶長9)年、藤堂高虎が全国的にも珍しい様式の海岸平城をこの地に築いたことに始まります。
ところが、この町にはさらに2つの「城」が存在し、遠来の観光客を大いに惑わせているというのです。
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高虎の居城・今治城が存在するのは、JR今治駅から直線距離でおよそ1.2km東の吹揚(ふきあげ)公園内。特急「しおかぜ」で岡山から松山を目指して進んでいくと、今治駅への到着直前、進行方向右手にビルの谷間から覗く復元天守閣を一瞬ながら眺めることができます。
しかし同駅を発って間もなく、今度は左側の車窓に別の「城」が…。
浅川のほとりの小丘にそびえ立つこの建物、実は「御城山ハイツ」と名付けられた集合住宅なのです。
完成は、今を遡ることおよそ四半世紀。初代の家主さんが大のお城好きだったことから、城郭風のデザインになったものといわれています。この初代家主さんの姓をとった「高井城」という別名も付けられていますが、一般の住宅のため観光客の立ち入りはできず、天守部分にも残念ながら上ることはできません。
写真は南寄りから撮ったもので、このアングルからは明らかに「ニセモノの城」だと判りますが、予讃線の通る東側から眺めると「天守閣」の部分が大変目立ちますから、こちらが今治城だと勘違いされたとしても、不思議はありませんよね…。
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さて、今治市の「城」の話はこれだけでは終わりません。先ほどの「しおかぜ」の旅を続けましょう。
今治の次の駅・波止浜を通過して進行方向を西に変えると、今度は右手の小高い山の頂に、小さくも荘重な瓦葺きの建物が見えてきます。
今年初めに旧今治市と対等合併した旧越智郡波方町(なみかたちょう)が、1993(平成5)年、標高155mの海山(うみやま)山頂に建設した「海山城展望台」です。
海山は「遠見山(おみやま)」から転じた名前で、この地域の海賊であった村上水軍が強大な勢力を誇った頃、ここに遠望所を置いて領地の護衛に当たったという記録があります。砦は関ヶ原の戦いの後間もなく破壊され、海山の頂には近年までそのわずかな遺構が残るのみでしたが、来島海峡や芸予諸島を一望できる今治地方屈指のビューポイントであることから、「しまなみ海道」の開通を前に旧波方町が城塞風の展望公園として整備したものだということです。
わずか2層の建屋は天守閣というよりも櫓風で、内部には休憩用のベンチと展望室があるだけの「抜け殻」ですが、3つの「城」の中でも眺望は間違いなくここからがベスト。東の山裾を通る県道に登山道への案内標識が出ており、海山の頂上付近までタクシーでも登ることができますから、単なる砦といえども訪れる価値は十分にあるでしょう。

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今治市内には他に国府城跡などもあるものの、はっきりとした形で「城」の建物を確認できるのはこの3か所。マンションの特異形である「高井城」の間近からの観覧は、住民の方々への影響を考慮するとおすすめできませんが、これを合間に眺めつつ「本家」今治城から「平成の城」海山城へと巡れば、今治の旅がさらに面白くなること間違いなしです。
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