あれから1年…
香川県、殊に高松地域に親しみを持つ鉄道ファンにとって、昨年の10月15日は忘れられない1日になりました。
昭和初期から4分の3世紀もの間、屋島南嶺の山上と麓の町とを結んでいた屋島登山鉄道(通称「屋島ケーブル」)が、運行業者の経営破綻を理由にこの日限りで運行を休止してしまったためです。
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私が初めて屋島ケーブルに乗車したのは、小学校入学の直前、初めて家族で高知県外への1泊旅行に出かけた1975年3月のこと。当時、本四架橋はまだ着工にさえ至っておらず、島外から宇高航路を介して四国に入った観光客の足は、高松市内の栗林公園や屋島、あるいは古くからの信仰の地である琴平に向かうというのが自然な流れでした。
当然、屋島ケーブルもかなりの盛況ぶりを示しており、私たちが乗った便もほぼ満員の状態で屋島登山口駅を出発していきました。
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その後徳島に住所を移した私は、79年、 82年と2度にわたりケーブルカーで屋島登山。83年に始まる「松山時代」からはすっかり香川の観光地ともご無沙汰状態で、国鉄(後にJR四国)や琴電の屋島駅で降りる機会すらありませんでした。その頃、瀬戸大橋開通(1988/04/10)を契機として島内では特急列車網や高速道路の整備が進み始め、遂には高松地区を通らずとも島外から道後温泉や桂浜などへ直行できる仕組みが出来上がります。そこにバブル経済崩壊の影響も重なり、屋島山上では廃業する土産物店や旅館が次第に増え始めていきました。
高松郊外の旧レオマワールド(注) の閉園(2000/08/31)、屋島ケーブルの親会社でもあった琴電の破綻(2001/12/07)… 香川の観光産業にとって暗いニュースばかりが伝えられる中、琴電傘下を離れ自力での営業を続けていた屋島登山鉄道も、止まらぬ乗客減少に遂に耐えかね、昨年の10月12日に高松地裁へ準自己破産を申し立てたのです。
私が「ケーブルカーお別れ乗車」 のために高松の地を踏んだのは、奇しくもその破産申請と同じ日でした。
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屋島登山鉄道は今年8月末をもって正式に廃止され、ケーブルカー復活の夢は完全に絶たれてしまいました。しかしこれと同じ時期、屋島山上の廃屋問題に対して、香川県などは国の国立公園施設整備事業費を活用する方針を発表。念願だった山上公園再整備に向けて、ようやく一歩が踏み出されました。
かつて年間200万人以上を集めた 「四国観光の顔」の再興に望みを託しつつ、75年の長きにわたって局地輸送の一翼を担い続けたケーブルカーの功績を、もう一度深く心に刻みつけたいと思います。
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(注)瀬戸大橋が開通した1988年4月、大阪のレジャー開発業者「レオマ」により開園。 同社撤退後、地元資本の共同出資により「NEWレオマワールド」として2004年4月に営業を再開した。
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