2005年12月31日 (土)

2005年の締めくくりに…

 久々の四国島外転居という“大イベント”を経験した2005年も、きょうで終わり。「笠岡の職場は忙しいぞ」と前もって聞かされていたので、ある程度の覚悟はしていたのですが、まさか1か月間に3度しかSTALOGを更新できない状況になるとは、思ってもみませんでした。

 こんな多忙な状況の中でも「見せる、読ませる、そして楽しませるブログ」を書き続けることができる、“女王様”はじめ名だたる著名人の皆さんのご活躍、本当に恐れ入るばかりです。

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 さて、例年BBS上で年末にお届けしていた「四国の鉄道・年間5大ニュース」企画。今年からはここSTALOG上に場所を移し、画像付きでお送りしましょう。

▽1位/事故、運休、復旧、減便決定…宿毛線・激動の1年
051231_1  3月2日に土佐くろしお鉄道・宿毛駅(高知県)構内で発生した特急列車激突事故。駅舎と車両が共に大破、運転士が犠牲になるという惨事で、現地報道のTV映像を回想するたびに今でも身が凍り付く思いがします。
 その後も尼崎・山形と、全国で犠牲者を伴う大規模な列車事故が続発。今年は、鉄道の“安全神話”が大きく揺らいだ1年となりました。
(写真:11月1日に営業を再開した宿毛駅)

▽2位/国鉄色キハ58系、四国に復活
051231_2  宿毛事故で打ちひしがれていた私たち鉄道ファンの前途に、一筋の光明を与えた出来事がこれ。JR四国・松山運転所(愛媛県)配置のキハ58 293キハ65 34の2両が国鉄時代のカラーリングに戻され、3月26日に香川県内でお披露目運転。翌週には急行リバイバル運転で早くも四国全県へ顔を出し、多くの「国鉄色追っかけ派」を四国やその近県に生み出しました。
(写真:大杉駅に入るリバイバル急行「あしずり」)

▽3位/ことでん・伊予鉄、相次ぎICカード導入
051218_1 2月2日に高松琴平電気鉄道が「IruCa」を、続いて8月23日に伊予鉄道が「ICい~カード」を導入。やる気満々の2私鉄の存在によって、瀬戸内海沿岸では山陽や北九州よりも一足先に四国でICカード乗車券の普及が始まるという、面白い現象が起きました。
 四国には「4県共通ICカード乗車券の実現」という壮大な構想があり、この先の動きからも目が離せません。
(写真:伊予鉄道松山市内線で走行中の「ICい~カード」PR電車)

▽4位/四国初! SL急行「讃岐路義経号」走る
051103_4 四国にも度々乗り入れているJR西日本のC56 160ですが、今年はJR東海から転属した14系客車3両を引き連れ、遂に急行列車として予讃線・高松-多度津間を走りました10月28~30日、延べ6往復)
 高松地区でのSL列車運転は36年ぶり、高松駅移転後では初めて。C56の方向転換作業が公開されたのも異例のことで、沿線はどこも大変な活況となりました。

▽5位/元名鉄の赤い路面電車・590形が土電へ
051231_3  4月1日付で岐阜地区の軌道系線区を全廃した名古屋鉄道(名鉄)。そこで活躍していた車両のうち、美濃町線用だったモ590形2両の土佐電気鉄道入りが決まり、アルナ車両で移籍に向けた整備が行われました。
 高知での運転開始は12月17日。後扉撤去・方向幕電子化などの改造を受けながらも岐阜時代の雰囲気をたたえたその姿は、厳寒の中でも大きな注目の的となっています。

 鉄道事故に絡む一件をトップで取り上げなければならないのは本当に心苦しいのですが、

「鉄道趣味は、列車の安全運行が保たれてこそ成り立っている」

「この出来事を忘れてしまっては、これからの鉄道の“安全神話”もあり得ない」

という2つの重大なテーマが含まれているため、このようなニュースランキングとしました。どうぞ、ご理解を…。

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 きょうは故郷の地からアクセス、という方も多いことでしょうが、私はこれから山陽本線特急「南風」を乗り継ぎ、土佐の地に向かいます。新年1発目の投稿は、現地からのモブログとなる予定。どの路線、そしてどの駅(停留場)が登場するのかは、明日のお楽しみ、ということで…。

 それでは皆さん、よいお年を!

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2005年11月14日 (月)

「古田モニュメント」完成記念記事!?

 千葉ロッテがアジアプロ球界の王者となり、古田PM(ヤクルト)の2,000本安打達成記念碑が除幕された、きのう・13日

 「あ、先週は珍しくチェック回数が少なかったな」

と思いながら古田氏のブログを訪ねてみると、そこには驚いたことに鉄道ネタが上がっていました。

051114_1  その内容は、ツバメ軍団の秋季キャンプ地に隣接するJR予讃線・市坪駅(松山市)の愛称にまつわるもの。正岡子規(1867~1902)といえば、松山出身にして日本の俳句史に燦然と輝く偉大な俳人ですが、洒落の効いた雅号がそのまま駅の愛称に使われているという事実に、新PMがたいそう驚かれた様子が伝わってきますね。

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 市坪に「野球(の・ボール)駅」の愛称が与えられたのは、子規が「野球の名付け親」として日本の野球殿堂に登録された2002年7月13日のことですが、四国ではこれに続いてさらに2つ、愛称付きの旅客駅が登場しています。

051114_2 2駅目となったのは、土佐くろしお鉄道(以下TKT)ごめん・なはり線の後免町駅(高知県南国市)。すぐ隣には同線の起点駅・後免があり、開業後ほどなく「隣接駅が類似名をとるのは紛らわしい」という意見が利用者から相次ぎました。これを受けたTKTは、高知県出身の著名漫画家・やなせたかし氏に後免町駅の愛称作成を依頼。そして2004年7月、同駅の開業2周年を機に「ありがとう駅」の愛称が与えられる運びとなったのです。

 この愛称の由来は、面白い語感で全国に知られる「ごめん」とペアにするのに最もふさわしい言葉だから、というもの。駅の入口及びホームには、やなせ氏直筆の詩をキャプチャーした看板が掲げられ、ありがとう駅の愛称が付くに至った経緯をその利用者に広く伝えています。

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051114_3  そして3駅目は、同じくTKTの宿毛線にある東宿毛駅(高知県宿毛市)。同駅は2両分の片面ホームしかない小駅ながらも宿毛市の中心地に近く、宿毛駅が特急暴走事故の影響で営業を休止していた10月末までのおよそ半年間は、同線の終着駅として賑わいを見せていました。

 今年3月、この駅に付けられた愛称は「早稲田・梓駅」「東京から1,000km以上離れた宿毛の地に早稲田とは何事ぞ」と勘ぐりたくなるようなネーミングですが、後に続く「梓」の意味を説き明かせば、おのずと納得がいきます。

 その梓とは、宿毛出身の思想家・政治家である小野梓(1852~1886)のこと。彼は青年期の欧米留学から得た民主主義の思想を国内に広め、後に大隈重信氏(1838~1922)に仕えて立憲改進党を結成。さらに同党中心メンバーの一員となって政治的・文化的な数々の議論を重ね、東京専門学校(現在の早稲田大学)の設立に寄与したのです。

051114_4  「自由ハ土佐ノ山間ヨリ出ヅ」という高知の県訓を語るとき、真っ先に連想されるのは坂本龍馬板垣退助。しかし、彼らに匹敵する功績を残したブレーンが宿毛の町から生まれたことは、決して忘れないでほしい…。「早稲田・梓駅」という愛称には、市民のそんな思いが込められています。

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 ひょっとすると、皆さんが日頃利用なさっている鉄道路線にもあるかもしれない「愛称付きの駅」。その名の由来を解明してみれば、沿線地域に対する愛着がさらに増していくことでしょう。

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※私 Shi-Mamuta が「四国人」としてSTALOG上に記事をUPするのは、これが今年最後となります。「カブトガニの里」岡山県笠岡市からお送りする記事も、ぜひご愛読の程を…。

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2005年11月 8日 (火)

写真クイズの正解は…

 5日(土)に出題した写真クイズですが、撮影地がJR線区間でなかったため“イジワル問題”になってしまったようです。ヒントを3つ出したとはいえ応募がなかったところを見ると、ブログウォッチャーの皆さんには「大変な難問」と受け取られたようですね…。

 この問題の正解は

  土佐くろしお鉄道宿毛線・国見-有岡間

でした。

 宿毛線は、高知県四万十市と宿毛市にまたがる内陸部を縦貫している、長さ23.6kmの路線。今年3月2日(水)夜に宿毛駅構内で特急列車の暴走事故が発生し、中村-宿毛間の全線で一時運転を取りやめていましたが、4月7日(木)には中村-東宿毛間が部分復旧。6月からは特急列車も同区間で運転を再開、宿毛駅復旧工事の完成を待って今月1日(火)全線での平常運転が再開されました。

 具同-平田間に並行して流れる中筋川(四万十川の支流)が古い時代に大洪水を繰り返したため、沿線の谷筋は比較的広く、特に四万十市西部の区間では開放的な農地風景が見られます。平田-東宿毛間にある長さおよそ5.1kmの聖ヶ丘(ひじりがおか)トンネルは、JR予讃線・伊予大平-伊予中山間の犬寄(いぬよせ)トンネルに次ぎ、四国で2番目の長さを誇ります。

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【お詫び】

 10月25日(火)投稿分の記事の中で、NHK総合テレビ『プロジェクトX・挑戦者たち』第181回「執念のICカード 16年目の逆転劇」の再放送をきょう16:05からとしていましたが、この時間に放送されるものは別内容(第138回「命のリレー 出動せよ救急救命士」)であることが判りました。

 過去記事を訂正させていただきますと共に、再放送を心待ちにしていらっしゃいました皆さんにご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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